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札幌を拠点に活動する劇団です。2011年1月1日結成。
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役者ノート(11) 快・不快

2013.01.15 20:13|役者ノート
「ここでの登場人物の感情を考えよ」と言われ、
「悲しいです」と答えると「何が悲しいんだ」ときかれ、
「失恋したのが悲しいです」と言えば「じゃあそうやって演技しろ」と言われ、
「私は失恋したのが悲しいんだ」を考えながら演技すると「お前本当に悲しんでないだろ」と怒られる。

悲しい気持ちを作ろうと必死に気持ちを高ぶらせてみたり、
悲しい感じの泣き声で台詞を言ってみたりして、
「お前本当に悲しんでないだろ」と怒られるのです。

これ役者にとってみれば、多くの方が抱える問題であると思われ、
考えすぎて他の登場人物の言葉を受けられない、つまり舞台上でコミュニケーションをとれないという問題です。
いわゆる心が死んだ状態になってしまうのです。

というのはやはり頭で悲しいと考えてしまうのが悪くて、
実際私たち悲しいときに悲しいと「考える」のではなくて、悲しいという「感覚」になるのです。
だから舞台上で悲しいという感覚にならなければいけないのです。
しかも舞台というのはたいてい時間が圧縮されてますから、
他の登場人物の一言で悲しい感覚にならなければいけないことも多々あります。
演劇の登場人物は感性豊かな方々が多いものです。

しかも「感覚」というのは組み合わせを含めれば無限にあります。
例えば、悲しい、嘆かわしい、寂しい、楽しいけど虚しい、侘しいけど嬉しい……。
なので、最初から「この台詞は悲しい」「この台詞は嬉しい」と全部決めようとするとかなりの労力ですし、
しかもその感覚を全部わからなければならないというのですから、パンクしていまいます。

というわけで、最初は、負担を軽くするために、
「快・不快」というひとつのモノサシで考えるというのはどうでしょう。
これなら二択ですし、ひとまず快・不快の2パターンの感覚を知っていればよいのですから、
負担は相当軽いはずです。

例えば、褒められる、感謝される、悪口を言う、おいしいものを食べるは快。
怒られる、バカにされる、殴られる、嫌われるは不快。
(もちろん状況によります。)
快・不快が同居する状況もあるでしょう。

それだけをあらかじめある程度知っておいて、
あとは稽古が進むにつれて、
この快・不快はもっと詳細に言えば、~~という感覚だ、
とひとつひとつ確かにしていけばいいのだと思います。


と、昨日の夜にシャワーを浴びながら思いました。

小佐部
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役者ノート(10)演技中におけるコミュニケーション

2012.09.29 11:35|役者ノート
こんにちは。小佐部です。

昨日突如として、「演劇ってなんぞや」ということを、体系的にまとめる時期ではなかろうか、
と思い始め、(法学部なので)条文風にまとめ始めたのでした。
昨日の時点で、

演劇、脚本、演出、役者、観客、
音響効果、照明効果、映像効果、舞台装置、小道具、衣装、
受付、宣伝物、広報、プロデューサー(制作)、その他事務、
劇団、劇場

の全18項目を自分なりに定義してみて、それぞれいかなるものなのかというのを整理している途中でございます。
(別に暇というわけではありません。)

そのなかで役者の項目を以下のようにしました。

【第6条】(定義)
①「役者」とは、脚本および演出の指定に基づき、観客の前で演技を行う者である。
②脚本および演出に指定されていない事項については、脚本および演出の指定の意図に適合する範囲で、役者の自由裁量によって演技してよい。脚本および演出に指定された事項についても、より脚本および演出の意図に適合する演技がある場合は、その演技を行わなければならない。
③「演技」とは、現実とは異なる設定に基づき、自己の肉体を用いる、意図のある表現である。
④継続的に観客の前で演技を行い、それによって対価を得ている者を「俳優」という。
⑤役者以外の者(観客を除く)は「スタッフ」という。

【第7条】(演技)
役者は演技をするにあたって次のことに留意しなければならない。
 1 演技中に他の役者と、または必要に応じて自己あるいは観客とコミュニケーションをとること
 2 コミュニケーションを促進するため、台詞が明瞭に聞き取れるように発声するなどの処置をすること
 3 演技中に自己がどのような演技をしているか自覚すること

と、こんなよくわからないものを書くにあたって、
はて、演技とはなんだ、と考え始め、
「演技にはコミュニケーションが必要だ」という考えに至ったのでした。

僕は演技には臨場感が必要だと考えているのですが、
その臨場感というのはどうやったら出るのだろう、と考えていたところでした。
そしてコミュニケーションがとれてないときは臨場感がないということに気づいたのでした。

つまりどれだけスピーディに台詞を読もうと、上手く見える演技をしようとも、
舞台上でコミュニケーションをとれていない限り嘘っぽく見えるだろうということです。

コミュニケーションが必要だろうと考えると、
台詞やト書きをコミュニケーションツールとして捉えることができます。
与えられた台詞とト書きを使ってどのようにコミュニケーションをとるか、
というよう考え方を転換するのです。

では、独白はどうなのか。独り言はコミュニケーションなのか。
その通りです。独白は、不在の他人、自己あるいは観客とのコミュニケーションにほかならないのです。
例えば、この世にいない恋人に話しかけるのは「不在の他人」とのコミュニケーション、
自分の気持ちを吐露するのは「自己」とのコミュニケーション、
観客への説明は「観客」へのコミュニケーションなのです。

小佐部


役者ノート(9)ニュアンス

2012.02.04 10:11|役者ノート
期末試験が半分終わって、ひとまず安心しております、小佐部です。☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
今日は「ニュアンス」なるものについてです。

【ニュアンス】言葉などの微妙な意味合い。また、言外に表された話し手の意図。


さて、みなさん、次の台詞の意味はわかるでしょうか。

「離婚するのは、結婚する二倍のエネルギーが必要だよ。」

これの意味がわからない人はいないでしょう。「ああ、結婚より離婚の方が大変なんだな」ってことです。
ところが、この台詞をいうとなると、だいたいうまく言うことができません。
なぜならそれはこの台詞のニュアンスがわかっていないからです。
ただ、「結婚より離婚の方が大変」くらいの意味にとらえていると説得力をもってこの台詞を言うことができないのです。

そこでまず、「結婚」と「離婚」について考えねばなりません。
結婚は通常、お互いがラブラブだったり信頼し合っている状態でされるものですから、結婚式だの挨拶回りだの新婚旅行だの様々なイベントがあっても苦になりません。幸せな未来に向かう一歩という感じです。
ところが離婚はというと、お互いは冷めきってたり不信を抱いたりという状態です。離婚届を提出しなければならないし、場合によれば財産分与はどうするとか、裁判所に行ったり弁護士と話したり、親にはなんて説明しようとか、子供はどうしよう、名字はどうしようとか疲れるような問題が山のようにあります。

それを経験しての、「離婚するのは、結婚する二倍のエネルギーが必要だよ。」です。
その意味合いが含まれているか、ただ何も考えずに台詞を言ってるか、きいてる印象は全然違います。

また、もう一つ重要なのは、この台詞の前後の文脈を理解すること。
「先輩、僕、今の彼女と結婚しようと思います!」の後の台詞なら、「お前、軽々しく結婚なんて言ってるけど、離婚する羽目になったらつらいぞ。うまくやっているかきちんといろんな要素を考慮したうえで結婚を決めろよ。」という意味が含まれているかもしれません。

「お前、やっと離婚したのか。もっと早く離婚すればよかったのに。」の後の台詞なら、「お前にはわからないだろうが、離婚ってなかなか簡単にはいかなくて、いろいろ苦労したさ。」という意味合いが含まれてるかもしれません。

このような微妙な意味合い【ニュアンス】を理解することが、台詞に、台詞以上の意味合いをもたせることにつながるのです。

役者ノート(8)演技は段取りだ

2012.01.28 23:23|役者ノート
こんばんは。もう少しで期末テストです。小佐部です。

役者の方々から怒られそうなこと書きますが、
今僕の中ではしっくりしている考え方なので、
書こうと思います。

興味のある方はお読みください。

演技というのは結局段取りなのだと思います。
と言うと、まともな役者の方々からは、「けしからんことを言う演出だ! 役者はロボットじゃねえ。」
みたいなことを言われると思います。

しかし、では段取りのない演技などあるかというと、まああまりないでしょう。
演出は「この立ち位置だと見えないから、この位置に立って」と言うし、
「その演技だと顔見えないからこっち向いて」などと言われることもありましょう。
照明のライトの位置だって決まってますし、
そもそも台本がある時点で、演劇は段取りだと言えるでしょう。

そして、役者が自分で考えた演技の流れも言ってみれば段取りで、
本番を迎えるまでにまったく自分の演技の段取りが決まっていない役者は、あまりいないでしょう。
そういう意味では、「役者はロボットじゃねえ。」という役者は、
自分で自分を「ロボット」扱いしているようなものではありませんか。

しかし、実際「段取り」っぽい演技は見ていてつまらないでしょう。
そう、ここが重要なのです。
つまり、役者は「段取り」があるにもかかわらず、観客に「段取り」を感じさせてはいけないのです。
逆にいえば、観客が「段取り」だと思わなければ、演技としてはよいのです。
つまり、言い方は少し悪いですが、うまいこと観客を騙すのが役者の仕事といえるのです。

更に進んで、うまい役者は自分自身さえも騙します。
つまり、本当は「段取り」があるにもかかわらず、自分では「段取り」を感じることなく演技することができるのです。

要は、うまい役者が「段取りが嫌い」というのは、「段取りに見える演技が嫌い」ということであって、
自分自身はきちんと正確に段取りをこなしている場合が多いでしょう。(だからうまい役者といわれるのです。)
観客を騙し、自分自身をも騙せる役者が、うまい役者なのでしょう。


さて、どうしてこんなことを書いたかというと、
「演技は段取りじゃねえ」と言って曖昧な演技ばかりする方がたまにいるからです。
「段取り」をきちんと認識できないことで、正確な演技をすることが避けられてしまうのです。

なので、「演技は段取りだ」を認識して正確な演技を心がけ、観客を騙し、自分自身を騙すということができてから、
次のステップにすすめばよいと思うのです。

(私も、演技の100%が段取りとは私は思っていません。しかし、大部分は段取りの範囲内であると思っています。今のところ。)


期末試験頑張ります。それではー。

役者ノート(7)「葛藤」と「対立」

2012.01.14 23:03|役者ノート
こんばんは。外は寒いです。私は小佐部です。

今日は、「葛藤」と「対立」の違いについて少し考えます。
「葛藤」も「対立」も2つの力のぶつかり合いです。
例えば、「おいしいものを食べたい気持ち」と「ダイエットしなければならない気持ち」。
あるいは、「TPP賛成論者」と「TPP反対論者」。

さて、「葛藤」と「対立」の違いですが、
「葛藤」というのは自分対自分、
「対立」というのは自分対他人、
です。

「おいしいものを食べたい気持ち」と「ダイエットしなければならない気持ち」は葛藤、
「TPP賛成論者」と「TPP反対論者」は対立、
です。

役者はこの「葛藤」や「対立」に注目するとよいかもしれません。

ある人には「欲望」がある。しかし、その欲望が叶わない。
そこで人はその欲望を満たすために邪魔なものを排除しようとする。

その原因が自分の内側にあるのか外側にあるのか、
すなわち、そこにあるのは「葛藤」なのか「対立」なのか、
明確にするとよいかもしれません。
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